夢小説OL

夢小説が好きなただのOL。完結させることが目標です。

【花束みたいな恋をした、あとに】2

高橋和麻、41歳。趣味は観葉植物の世話と映画鑑賞です」

眼鏡に少し伸びた前髪。痩せ型で少し猫背気味の彼は、先日の婚活パーティでどうやら私のことを気に入ってくれたらしい。でも正直私は彼のことを全く覚えていない。

「八谷絹、32歳。趣味は猫の世話と読書です」

手元にはお互いの簡単なプロフィールがある。年収は40歳の平均より少し低めの400万円。離婚歴はあるけど子どもなし。

「覚えていないかもしれませんが、前回のパーティで八谷さんが猫と一緒に『暮らしてる』って言ってたんです。『飼ってる』ではなくて。なんだかそれが忘られなくて。僕も生き物ではないですが観葉植物を本当に大切に育てていて、その言葉を聞いた次の日に植物のお世話をしている時にあぁ、僕も一緒に『暮らしてる』なって思ったんです」

穏やかで小雨のような喋り方はが心地よく、彼の内面を表しているように感じた。

「それはもう、暮らしていますね」

と、私が言うと、彼は安心したように微笑んだ。目尻にできた皺に彼が優しい人間だということが滲み出ていた。

「八谷さん、趣味が読書なんですよね。最近読まれた本とかありますか」

コーヒーが冷めないうちに、ですね」

「僕それ映画で見ました!ひとりひとりの背景に泣いてしまって」

「分かります!私は夫婦のお話が一番好きで」

「僕もです」

それから映画化されている小説の話で盛り上がった。彼が自己紹介で言った趣味の映画鑑賞は、無難だから言ったというわけではなく、本当での映画好きだから言ったようだ。小説が実写映画にされているものはほとんど知っていて話が弾んだ。映画化することによって省かれてしまった場面などの話をするととても嬉しそうに話を聞いてくれた。

そしてあっという間に時間が過ぎてお開きとなった。

帰り道の足取りは軽かった。離婚歴や年収が少し気になるが、結婚を一度しているということは、生涯の伴侶として彼が誰かに選ばれた証拠な気がしてむしろ安心できる気がした。年収は私が今働いているイベント企画の会社が好きなので寿退社するつもりはない。一緒に働いていけばいい。彼との将来を考えることは気が早すぎる気もするが、出会いは結婚相談所だ。彼も本気なはずだ。

次は3日後に相談所ではなく外で会うことになっていた。

帰り道の電車に乗り込んで携帯を見ると、早速高橋さんから連絡が来ていた。

『今日はたくさん楽しいお話ありがとうございました。3日後、楽しみにしています』

ふう、と息をつく。電車から見える景色がいつもより綺麗に見える気がした。始まる時はいつもこんなふうに世界が綺麗になるんだよなぁと思いふける。

あの場違いなパーティ会場で相手の事をしっかり見ていなかったのはむしろ私の方だったかもしれない。若い女の子達には過去の自分を重ね、目の前に座っている男性はきっと私のことなど見ていなくて次の女の子との間にある赤信号だと思われていると勝手に思っていた。そして男性の向こう側に今より歳をとり、焦る自分の姿を想像してそちらばかり見て、相手の事もあまり見ずに会話していた。きっと自分自身で幸せにならないような呪いをかけていた。そんな中、高橋さんは私の言葉を拾ってくれてそれを自分の心の中にしまって、思い出してくれていたのだ。私もちゃんと目の前の人と会話をしなければいけないな、と反省した。そして家に帰ったらバロンにありがとうって言わないと。今日は特別な時のご飯をあげよう。そしてお母さんが仕送りで送ってくれたちょといい鰹節をかけてあげよう。私が鼻歌混じりに家の玄関のドアを開けると、バロンが嬉しそうに昨日とは違う虫を咥えて玄関で待っていた。

「鰹節はなしにします」

バロンは「なんのこと?」という顔で私を見上げていた。

 

「先輩、デートですか」

書類をコピーしていると職場の後輩のすずちゃんがにやにやしながら聞いてきた。

「デートっていうか、まだ付き合ってないんだけど…」

「え、まさかの当たりですか?同棲してた彼氏と別れてもう長いですもんね」

「あれからも色々付き合ってるよ」

「そうでしたっけ。でもなんかそんなに楽しそうにしてるは久氏ぶりに見る気がします。これは大変だ。山瀬ー」

すずちゃんの同期の山瀬くんが振り返る。

「大変だよ八谷さんデートだって」

「え!?いつの間に!?」

山瀬くんが急いでこちらに来る。

「いつの間にって、私結婚相談所に登録してるもん」

「僕それも知らなかったですよ!デートだなんて…。何度もご飯行く約束先延ばしにされるのに」

「それはまた今度ね。山瀬くんかっこいいんだから私なんかじゃなくて若い子と行っておいで。はい、仕事仕事」

私は誤魔化すようにしてその場を去った。

「八谷先輩って自分の話あんまりしないですよね。山瀬くんと私がこの会社に入社した時は彼氏と同棲してたのに、いつの間にか別れて引っ越してましたし」

「すずちゃんは周りになんでも話し過ぎ。僕はあれくらいミステリアスなところがいいんだよ」

ふーん、とすずは口を尖らせた。

「八谷さんと仲良くなってから同棲してた彼氏となんで別れたんですかって聞いても、『彼氏と共通の知り合いの結婚式に一緒に行った後に行ったファミレスにいた、付き合う前の子たちの靴がね、お揃いのコンバースだったの』って。わかんないですよ。どういうことなんだろね」

「じゃあ僕もコンバースの靴履いてきたら、今の人と別れてくれるかなぁ」

「山瀬、私の話聞いてた?私も完全には分からないけどきっとそういうことじゃないと思う。そして私にも君にも一生分からない気がする。でも今回の八谷さんの楽しそうな?浮かれてる?表情を見ると、きっと今回の相手はそれが分かる人なんだと思う」

「すずちゃんそれは相手が宇宙人なのかな」

「そうかもしれないね。行間を読むことだけに長けてた宇宙人。それに恋する先輩はもっと遠い星の宇宙人」

「先輩が火星人でも木星人でも一生で一度ののワープを僕はここで使いますよ」

「うーん。先輩はかつての1番遠い星の冥王星の人かな」

届かないかなぁ、と山瀬くんは寂しそうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

【花束みたいな恋をした、あとに】

「夏の図書館と冬の図書館どっちが好きですか」

「図書館は学生以来行ってないですね。そもそも今、電子書籍があるのに図書館って必要なんですかね」

彼と私を隔てるテーブルの距離がぐんと長くなる錯覚がした。

きっと彼は映画のエンドロールの途中に立ち上がりはしないものの、自分の価値観に合わなかった映画の中の場面を話し続ける。想像できてしまった。

八谷絹32歳。婚活市場においては微妙な年だ。彼の目ははおそらく私の事など見ていない。次に順番が回ってくる20代前半の女性ばかり見ている。失敗してしまった。場数は多い方がいいと思い、アドバイサーが難色を示す中、無理矢理参加してしまった私が悪い。残りの男性にも同じような反応をされて手応えなく会はお開きとなった。

クロークに預けた大きなリュックを受け取る。中には普段着を入れてある。このままの格好で帰りの電車に乗ったらきっと婚活をしてきた帰りだと誰かに思われてしまう気がして少し恥ずかしい。トイレの個室で着替えていると3人くらいの参加者が入ってきた。おそらくあの会場で女性最年長である私の悪口でも言われるかと耳を澄まして聞いていたが、参加男性の話ばかりだった。話題にすらされない。きっとパーティの服装のままで帰っても誰も頭のすみでさえ話題にしてくれないことが痛いほどわかってしまった。

でもそのままの格好で帰る勇気もなく、パーカーとジーンズに着替えて帰った。

「ただいま」

家に帰ると飼い猫のバロンが迎えてくれる。そのまま真っ黒な毛並みと戯れて今日あった話を聞いてもらう。

5年前、子猫の時に拾ったのがバロンとの出会いだ。その時は彼氏と一緒に暮らしていた。その彼氏が忘れられないから今結婚できないということではない。生活を共にしていたから暮らしの端々に彼のかけらが散らばっていて、時々思い出して、元気に暮らしているといいな、と思う程度だ。その彼氏に喧嘩の勢いでプロポーズされたこともあった。当時の私はプロポーズをんなふうにしないでほしいと言っていたが、今だとそれくらい勢いがないと結婚なんてできないのかなぁとも思う。

周りの友達が20代後半で結婚した。「次は絹の番だね」とブーケトスのたびに言われた。私も彼氏はいたけれど結婚には至らず、大体いつも2年のサイクルで別れてはまた別の人と付き合ってを繰り返していた。帰り道にある電気屋さんのテレビから「恋の賞味期限は2年。それを過ぎた時、情に変わるか愛に変わるかで結末が決まる」と聞きたくもない雑学を耳に入れられてしまい。新しい彼氏ができるたびに情か愛かと私の隅にアナウンスが流れる。

30歳の誕生日がボーナスの月だった。なんとなく区切りに感じた私は、私自身に何かできないかと思い、ボーナスを全額をおろしてその足で結婚相談所に行った。今まで持ち歩いたことのない額の現金を持っていったのに入会金がギリギリ足りるくらいだった。場違いだったかと恥ずかしなって帰ろうと思ったが、「八谷様ならきっといいお相手がすぐ見つかります」という営業トークを間に受けてしまい、そのまま入会した。そして2年経った今でも婚活は続いている。

バロンが足を爪でカリカリとしてご飯を催促する。「ごめんね」と言いながらご飯を入れる器を取りに行くと部屋の真ん中に虫の死骸があって私は小さな悲鳴をあげた。猫は狩った獲物を自慢するために分かりやすい所に置くのだ。バロンに悪気はない。目を背けながらそれを処理する。こんな時頼れる人がいたら、と急に心細くなった。

「ごめんね、バロン。これは人間は嬉しくないんだよ」

と、バロンを見つめながら諭していると電話が鳴った。結婚相談所からだ。慌てて出ると、どうやら今日の会場で私のことを気に入って、もう一度会いたいといってきてくれた人がいたようだ。何かの縁かなと私は次会う日を決めた。電話を切ってバロンを見つめると小さくにゃあと鳴いた。「本当に嬉しくないの?」と言っているような気がした。