夢小説OL

夢小説が好きなただのOL。完結させることが目標です。

【花束みたいな恋をした、あとに】

「夏の図書館と冬の図書館どっちが好きですか」

「図書館は学生以来行ってないですね。そもそも今、電子書籍があるのに図書館って必要なんですかね」

彼と私を隔てるテーブルの距離がぐんと長くなる錯覚がした。

きっと彼は映画のエンドロールの途中に立ち上がりはしないものの、自分の価値観に合わなかった映画の中の場面を話し続ける。想像できてしまった。

八谷絹32歳。婚活市場においては微妙な年だ。彼の目ははおそらく私の事など見ていない。次に順番が回ってくる20代前半の女性ばかり見ている。失敗してしまった。場数は多い方がいいと思い、アドバイサーが難色を示す中、無理矢理参加してしまった私が悪い。残りの男性にも同じような反応をされて手応えなく会はお開きとなった。

クロークに預けた大きなリュックを受け取る。中には普段着を入れてある。このままの格好で帰りの電車に乗ったらきっと婚活をしてきた帰りだと誰かに思われてしまう気がして少し恥ずかしい。トイレの個室で着替えていると3人くらいの参加者が入ってきた。おそらくあの会場で女性最年長である私の悪口でも言われるかと耳を澄まして聞いていたが、参加男性の話ばかりだった。話題にすらされない。きっとパーティの服装のままで帰っても誰も頭のすみでさえ話題にしてくれないことが痛いほどわかってしまった。

でもそのままの格好で帰る勇気もなく、パーカーとジーンズに着替えて帰った。

「ただいま」

家に帰ると飼い猫のバロンが迎えてくれる。そのまま真っ黒な毛並みと戯れて今日あった話を聞いてもらう。

5年前、子猫の時に拾ったのがバロンとの出会いだ。その時は彼氏と一緒に暮らしていた。その彼氏が忘れられないから今結婚できないということではない。生活を共にしていたから暮らしの端々に彼のかけらが散らばっていて、時々思い出して、元気に暮らしているといいな、と思う程度だ。その彼氏に喧嘩の勢いでプロポーズされたこともあった。当時の私はプロポーズをんなふうにしないでほしいと言っていたが、今だとそれくらい勢いがないと結婚なんてできないのかなぁとも思う。

周りの友達が20代後半で結婚した。「次は絹の番だね」とブーケトスのたびに言われた。私も彼氏はいたけれど結婚には至らず、大体いつも2年のサイクルで別れてはまた別の人と付き合ってを繰り返していた。帰り道にある電気屋さんのテレビから「恋の賞味期限は2年。それを過ぎた時、情に変わるか愛に変わるかで結末が決まる」と聞きたくもない雑学を耳に入れられてしまい。新しい彼氏ができるたびに情か愛かと私の隅にアナウンスが流れる。

30歳の誕生日がボーナスの月だった。なんとなく区切りに感じた私は、私自身に何かできないかと思い、ボーナスを全額をおろしてその足で結婚相談所に行った。今まで持ち歩いたことのない額の現金を持っていったのに入会金がギリギリ足りるくらいだった。場違いだったかと恥ずかしなって帰ろうと思ったが、「八谷様ならきっといいお相手がすぐ見つかります」という営業トークを間に受けてしまい、そのまま入会した。そして2年経った今でも婚活は続いている。

バロンが足を爪でカリカリとしてご飯を催促する。「ごめんね」と言いながらご飯を入れる器を取りに行くと部屋の真ん中に虫の死骸があって私は小さな悲鳴をあげた。猫は狩った獲物を自慢するために分かりやすい所に置くのだ。バロンに悪気はない。目を背けながらそれを処理する。こんな時頼れる人がいたら、と急に心細くなった。

「ごめんね、バロン。これは人間は嬉しくないんだよ」

と、バロンを見つめながら諭していると電話が鳴った。結婚相談所からだ。慌てて出ると、どうやら今日の会場で私のことを気に入って、もう一度会いたいといってきてくれた人がいたようだ。何かの縁かなと私は次会う日を決めた。電話を切ってバロンを見つめると小さくにゃあと鳴いた。「本当に嬉しくないの?」と言っているような気がした。